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山下 清 画伯

皆さん、こんにちは!
午前中、病院に行き先ほど帰って来ましたが、外はジトッと熱いですね。
昨夕の口腔外科での奥歯の抜歯も、
病院の先生方は骨を破らない様にするため時間も掛かり大変そうでした。


私も、事前の説明で流石に不安感が半分入り混じり心配でしたが、術中は痛みもなく、ただただ先生方が大変そうにしているのは見守るしかありませんでした。
日が明けた今日は、ちょっと縫い目がつる程度で、当初心配された腫れや痛みも全くなく、ただただ感謝感謝です。


今朝、新聞を徐に見ていましたら「山下清-わからないことを抱え続ける」という子見出しに目が留まりました。
皆さん、覚えていらっしゃる方も多いと思いますが、テレビ番組で山下清画伯を主人公としたドラマ「裸の大将」がとても好きでした。


余談ですが「釣りバカ日誌」もこよなく好きですね。
両方のタッチに心底から笑えます。
世の中、この位の余裕があっても良いと思うのですが、
私が考える理想郷なのかもしれません。変に自分を取り繕うのが嫌いなんです。


山下清は貼り絵と短文章で有名ですが、
ドラマでもそうでしたが、その純朴さと無垢さで世に受け入れられています。
ところが、新聞では「それは、世の中のズレをしぶとく生きる人だった」と記載されており合点がいきました。


確かに、直接山下画伯にお会いした訳ではありませんので、
私のイメージはドラマそのものです。ドラマではドモリがあり、多少、失礼ながら精神的な障害があるのかと受け止めていました。でも、良くよく考えてみれば、日本を放浪していた若い時は兎も角、素晴らしい芸術作品を描く方がその様なことはないですよね。


芸術家とは、幅広く社会動向や社会の問題点を凝視して、
自らの精神哲学にまで突き詰めて誰にも迎合することのない、
自分なりの哲学を確立し、
アートとして表現して行く方々だと私なりに理解しています。


日本各地を放浪しながら、
世の中の矛盾の真相を考え抜いて来たのでしょう。
放浪癖が一段落した30歳代半ばから、日本各地での見聞が独自の言葉で綴られ始めているそうです。


例えば、挨拶をせずに帰るのを咎められたことに対しては、
「胸中では有難いと思っているが、挨拶は躾けられないと出来ない。
遣りつけないことを遣るのはぼくはとても恥ずかしい。」
という一文も残っているそうです。


確かに挨拶という慣習は社会化された言動の一つです。
だれも教えてくれる人がいなければ
心では有難く思っていても、確かに照れ恥ずかしいですね。
皆さんも、その様な思いを一度はしたことがあると思います。


更には、分からない事を分かった気になることも日々の生活の中にあります。
その際に、分からない事をそのまま抱え続ける方が、
その分からない事を思考し続けて行くことになるので、
厄介だとの解説もあります。


世の中を見渡しますと、
自然界の普遍的な最大公約数的な部分が学問として体系だてられ蓄積しています。
でも、その学問は自然科学、社会科学他を完全に解明している訳ではなく、
一部を紐解いたことに過ぎません。


にも拘わらず、人々は全てを理解したごとく、
いまの社会の仕組みを作り、運用しているところが不思議でなりません。
原子力発電を見ていれば分かります。
科学には99.9%掌握できても、0.1%というリスクもあります。


このリスクが引き金となって、全てが水の泡と帰すことも往々にしてあります。
でも科学は万能であると考えるのは人間の驕り以外に何ものでもありません。
人々は、もっと様々な疑問を前にして、直ぐに合理的に結論付けするのではなく、
その普遍的な問題について自問自答を繰り返すべきです。


私の好きな考え方に、人間と自然が対峙する姿を思い浮かべることがあります。
別に、山を切り崩して不動産開発をする訳では有りません。
経済の原点は、原始人と自然しかなかった時分から、自然の恵みを活用して暮らしの役に立てて来たところにあります。


何れ、独りではなくグループとして、独りで行うよりも高度なことが出来るようになる。
更には、技術革新により産業にまで至ります。
何て言いますか、この自然と対峙する考え方が今の社会には足りない様に思うのは私だけでしょうか。


ものごとの本質を踏まえず、
表面的なところだけで事の良し悪しを判断して対処したところで付け焼刃にしかなりません。砂上の楼閣です。
きちんと土台を組み上げませんと、いけませんね。


山下清画伯の記事を拝見し、
素の自分に向き合うことの大切さを改めて感じた次第です。
人にできることには限りがあります。皆さん各々が本当に大切にしていることを、
どの様な方法で自己表現しようと考えるのが人生なのでしょう。





TDLとリッツカールトンホテル

皆さん、こんにちは!


五反田で要件を1件終わらせ、
いまジョナサンでヘルシーランチを終わらせ書き始めたところです。
この後、夕方、歯大学病院の口腔外科で奥歯を抜きます。。ちょっと憂鬱。


このジョナサンの店員さんの対応を見ていますと、
店舗のオペレーションがマニュアル化されているせいか、
皆さん、身のこなしは似通ってますね。


ただ、お客様への対応は個人差があるせいか、
傍から見ていて気持ちの良い接客とちょっと言動の端々に棘があるといいますか、
もう少しにこやかにお願いしたいな~、という方もいらっしゃいます。


こういった接客業も費用対効果との兼ね合いもありますので、
必要最小限のサービスに留めざるを得ないのかな。。
と、自らを納得させたりしています。


皆さん、お客様の心をくすぐる最高のホスピタリティといったら、
どこに行った時を思い出されますか?
私が思い出すのはディズニーランドとリッツカールトンホテルです。


どちらの施設も、お客様のニーズを事前に察知して
お客様がその行動を起こす前にウオンツを働かせお客様のニーズを満たしてしまいます。サービスランクとしては最高峰ですね。


サービス業として、
お客様が希望を言っているのに応えてくれないは最悪で二度と利用しない。
希望を言えばそつなく応えてくれるは必要最低限の提供サービスでしょう。


私が驚いたのは、
その最高ランクのホスピタリティを持つ、東京ディズニーランドとリッツカールトンホテルでは決定的に異なる点があります。
前者はマニュアルがあり標準化されていることです。


東京ディズニーランドの社員研修が充実していることは、以前からテレビでも放映され知っている方も多いと思います。あれだけの人数の「ホスト」と呼ばれる社員のサービスレベルを維持して行くのは大変ではないでしょうか。


想像するに、お客様のモチベーションという多分に心理的な部分にまで、
動画や人間工学等を駆使してホストに理解してもらう手法を持っているものと思います。
もう一つは実際の現場で、仕事をしながら技量を高める仕組みがあるのではないでしょうか。


リッツカールトンはマニュアルはなく、
「クレド」というサービス精神に関する理念を徹底的にホテルマンに理解してもらい、
その範疇でプロとしての最高級のサービスを提供しています。


前者が科学的であるのに対して、後者はヒューマンリソースに負うアナログな方法です。
サービスを提供する状況に応じて、どちらの方が優れているかということになると思いますが、各々の施設とも理に叶っていると思います。


このサービスレベルというのはホテル固有の問題ではなく、
実はどの様な商売、それ以上に日々の暮らしの中でも必要なのではないでしょうか。
やはりウオンツを働かせられてお客様の先回りが出来れば気持ちがいいですよね。


出しゃばり過ぎず、かつ存在感がある。全ての人がその様なことを出来るかは別ですが、
このアナログと標準化をバランスよく採りいれることが、
商売成功の秘訣なのではないでしょうか。


さぁ、頑張ってこよっと!

財務&事業デザイン

皆さん、こんにちは!
中国地方、九州地方の集中豪雨は、今までに見たこともない異常気象ですね。
地球上の自然界のメカニズムが少しずつずれてきているのではないでしょうか。
人間の営みと自然界による相互作用だと思います。


自然や社会の仕組み、人々が暮らしの中で必要とする未だかつてない商品をご提供するという視点が事業を考えるベースにあると思います。
一方、事業を営む側は、自らが持つ有形、無形の事業資源を俯瞰し、
新たな商品を提供する為に何が不足しているかを見極める。


その上で、その事業資源をどの様に紡ぎ合わせ、
お客様からはどの様なメルクマールを持って対価を得るかを考えることが、
事業構造の仕組みづくりです。また、事業を行う為に必要最小限の資金をどの様に事業内を循環させるかとその必要資金の調達方法が考える必要があります。


最近、この様なことを専門で考える人々が現れ、
その様な方々を「財務が分かるビジネスデザイナー」というそうです。
全くの新規事業と思われしきビジネスも
必ず何処かにベンチマークした幾つかの企業があると思います。


最近、新たにビジネスモデルとして地位を得たシェアードビジネスであっても、
例えばカーシェアリングであれば、レンタカーがあります。
物品シェアリングのブックオフもシェアートビジネスに数えられますが、
もともと昔からあった俗にいう古本屋をチェーン展開したものとも言えます。


ビジネスデザインの視点として、
従来からある既存事業に情報技術を活用した予約システムとカードキーによる解錠という新たなエッセンスである資源を付加することにより、
同じ車の時間利用であっても使用する側の商品に対する意味性が異なってきます。


また、ビジネスを表現するには定性的に言語で説明するよりも、
数字を使った方が何かと合理的で便利です。
その意味では、財務の分かるビジネスデザイナーを私なりに異訳しますと財務というコミュニケーションツールを活用してビジネスをデザインする人ということになります。


ただし、事業の表現方法としての財務は、
会計、金融、管理会計をも含む学問体系がありますので、
それらを理解していませんと
適切に事業を表現することが出来ないかもしれません。


いま私が持つ日本で暮らす場合に感じる課題は、
少子高齢化、人口減少問題を背景に
年齢を超えて人々が集いコミュニケーションする機会が大幅に減少しており、
地域の課題を地域住民が解決していける仕組みとしての枠組みがないこと。


また、社会インフラやモノのストックが過剰となっており、
それらの既存の資源をどの様に有効に利活用するかという視点が必要だと思います。
依存の商品としてのモノの概念を利活用するという視点から、
モノのコト化、機能性から意味性へ捉え方を変換するとも言えます。


情報化社会を背景に、
意味概念を転換したビジネスモデルであるシェアードビジネス(正式にはシェアードエコノミーと定義づけられています)が、
新たな事業を考える場合の大きな視座になると感じています。


モノが売れずに海外企業買収も、
一つの成長戦略かもしれませんが、
この様に既存事業をチョッと捻ることにより、
新たなマーケット創造が出来るのではないでしょうか。