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ジェイン・ジェイコブズ!

皆さん、おはようございます!
さぁ、今日からまた一週間がはじまりますね。
今週末は給料日の方も多いのではないでしょうか。
ちょうど25日は金曜日ですので、街でショッピングやグルメを楽しむのも良いですね。



この週末に、渋谷にありますユーロスペースへ映画を見に行って来ました。
ご存知の方も多いと思いますが「ジェイン・ジェイコブズ:ニューヨーク都市計画革命」という天才的な洞察力と行動力を持つ女史の街づくりドキュメンタリーです。
1961年に出版された「アメリカ大都市の死と生」の映画版です。


ル・コルビュジェの影響を受ける、アメリカンモダニズムを背景にしたゾーニングと自動車中心の都市計画は、一見合理的に考えられ受け入れられてきましたが、時間とともに次第に街としての活力を失い廃墟と化して行くことに痛烈な批判がなされています。NY都市開発の帝王ロバート・モーゼスに対して壮絶な闘いを繰り広げて行く姿が見所です。


ワシントンスクエア公園、グリニッジ・ビレッジ、ローワーマンハッタン高速道路の建設を巡って、ジェイコブズは実際に活気あふれる街を創るためには、そこで暮らす人の視点で観察することが大事であり、そこで暮らす人々が織り成す多様なコミュニティにより生まれて来る創造力が不可欠であることを説いています。


都市や地域の興亡の源泉は、人工の建築物による近代化や規律正しい制度ではなく、そこに暮らす人々の日々の生活の中にある英気であることを如実に語っていると思います。
それは都市経済や地域経済の興隆にも通ずるものであり、街に活気がないと新たな事業や産業も生まれ難いものだと常日頃考えています。


現在、情報技術の進展によりパラダイムシフトが起きていますが、その時代の変化が人々の生活様式を大きく変えています。150年間続いた大量生産大量消費を甘んじて受け入れる生活から、人々は自らの個性を大切にする生活へと変わりはじめています。その変化についていけなければ、都市も地域も産業も衰退する道を辿ることになるでしょう。


いかに人々が主役のコミュニティ溢れる街を創るかにより、その街に人々が集まり、新たな事業が生まれて来るというものです。いまの社会は、なにかとハード、ソフト、両面の制約が多く、人々を疎外しているように思えます。一見、複雑化する利害を調整する為に必要な、規則正しい合理的な社会システムの様に見えますが。


最近、創業100年を超える老舗企業の倒産件数が過去最多に及んでいるそうです。
それ程もの長きに渡り事業を営んで来るためには、企業としての理念が明確であり、事業の仕組みが完成していませんと社会に受け入れられることはないと思います。
その様な揺るぎない経営基盤を持つ老舗企業の倒産がなぜ増えているのでしょうか。


一つには、経営基盤が安定しているが故に、現在の時代の大変革期に付いてこれなくなってなっていることが想定されます。経済が成長している時代であれば、事業の仕組みさえしっかりしていれば、多少の環境の浮き沈みがあっても事業を継続することも可能です。
いま起きていることは、人々の価値観をおも変容させる大転換期なのでしょう。


もう一つは、社会の仕組みが硬直化しつつあるのではないかと思います。
専門特化した複雑な社会において、様々なルールや規制に阻まれて、私たち消費者が効率性や利便性を追い求めるがあまり、本質的な意味での良いものやことを見失っていることも影響しているのではないでしょうか。


周囲を見渡してみますと、コミュニティといいますと生活時間の大部分を占める職場が大方を占めており、自分たちが住む地域でのそれが失われています。
そこへ人口減少問題があり、中心市街地に空き家が増えていることが街としての活力を失わせていくこととオーバーラップして見えるのは気のせいでしょうか。


郊外に造られたニュータウンが高齢化と都心部への人口の流入により荒廃しているという現実も起き始めています。ハードウエアーとしての建物とソフトウエアーとしてのルールが私たちのメンタルに与える影響が如実に行動として現れ、それが地域、街の活力に大きく影響していることは間違いない事実です。


情報化社会により私たちの価値観が大きく変化して行くこの機に、大局的な視点で私たちの暮しがどうあるべきかを考え、今まで私たちが造り上げて来た古いものを正して行くべき時ではないでしょうか。「鉄は国家なり」から「イノベーションは国家なり」へと時代は大きく動いているものと思います。


今日もありがとうございます。
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財務諸表は人格を現わす!

皆さん、おはようございます!
今日も朝から素晴らしい青空が広がっていますね。
昨日は午前中から半袖で外出したのですが、夜になって寒かったですね。
今日は一日のんびりと過ごしたいと思います。



ある経営者とお話しをしていました時に、財務諸表の話しになりました。
その女史いわく、今の経営者は財務諸表を目的化し過ぎている。誠心誠意事業に向き合っていれば、どんなに大変な時でもお金は後からついて来るもの。時に参考程度に財務諸表を見ることがあっても、経営とは肌感覚でお金の動きを理解していなければならない。


決して財務を専門とする方ではありませんが、とても本質を突いた感性の鋭い意見だと感心しております。財務諸表というものは、企業の過去の経済事象の結果を数値で表現したコミュニケーションツールに過ぎません。逆にいえば、その羅列された数字の並びから如何に事業をリアリティをもって脳裏に回想できるかが大切です。


ある会計学者が良く仰った言葉に「会計はフィクションである」という名言があります。財務諸表はある一定のストーリーをもって許容される選択肢の中から自由に会計処理方法を選び事業を表現して行くものです。どうすれば事業の本質に迫ったリアルな表現が出来るかを考えることが醍醐味です。


その為には現実の事業をどこまで五感で実体験として掴んでいるかが大切になってきます。この肌感覚で事業を掴んでいることが財務諸表を作成する上での原点となります。
ところが、最近の大手企業を見ていますと、財務諸表を作成する為に事業を行っているような錯覚にさせられる経済活動が目に留まります。


最近、日本の大手製薬会社がアイルランドの製薬会社を7兆円で買収した件は、記憶に新しいことと思います。その後に同社の決算発表がありましたが、業績がまったく振るっていません。買収理由の一つとして、自らよりも素晴らしい相手先の業績を財務諸表に取り込みたいというものがありました。


もっと積極的に、自ら持つ技術と相手の持つ技術を掛け合わせると世に未だない新薬が開発できるという理由があるなら理解も出来ます。高価な買収価格を支払ってでも余りある将来的な利益が期待できるからです。社会の公器である企業が、お客様のニーズに応える為ではなく、自らの財務諸表を事業の目的にしてしまっては本末転倒だと思います。


日本郵政が2019年3月期の連結純利益が前期比28%減になる見通しであることを発表しています。収益の柱であるゆうちょ銀行がマイナス金利の影響で運用が振るわないことが一因のようです。日本郵政としては、ゆうちょ銀行に次ぐ事業の柱を開拓すべく、今後3年間でM&Aに数千億円の投資を視野を入れているとあります。


確かに、昨年不調に終わった野村不動産の買収計画のように、どこかの大手企業を買収すれば財務諸表上は売上も利益も増加することになります。しかし、それは日本郵政が事業を行っていると言うことが出来るのでしょうか。見方を変えますと、ゆうちょ銀行の運用の様に企業の株式に単に投資する金融投資とどこか異なるのでしょうか。


まだ具体的な買収先企業が候補として上がっている訳ではありませんが、少なくとも郵便事業や金融事業と事業の上で何らかの相互補完性が見込めなければ事業上のM&Aとは言い難い様に思えます。日本郵政でしたら、日本全国に2万ヶ所の郵便局という資源を持っているので、この資源を有効利用する視点で考えてみるべきかと思います。


消費市場が成熟し、金融市場では資金が余剰となっており、市場環境としてはM&Aを行いやすい状況にあります。しかし、企業というものは消費者をはじめとする社会のニーズに応えて商品を提供する事業活動にこそ価値があります。これからの事業には、お金という資本よりも、人間が創りだすアイディアという知的資本が重要になると思います。


その意味では、現在の財務諸表も規模の経済を前提とした製造業を対象とした枠組みとなっていますので、来るべき時代に向けてその枠組みを変容させていく必要もあるでしょう。具体的には知的財産やアイディアといった無形資産を柔軟に財務諸表に取り込み表現していくことが企業の実態に近づくことになります。


財務諸表とは、あくまでも事業活動の状況を説明するコミュニケーション手段に過ぎないと言えます。事業を言葉で俯瞰し説明するのが大変なため、便宜的に一定のロジックに基づいて数値によりストーリーを表現しているに過ぎません。そこから何を読み取り、将来に向けて何を糧として語りかけるかは経営者の資質次第ではないでしょうか。


今日もご覧いただきましてありがとうございます。
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多様性と調和へのパラダイムシフト!

皆さん、おはようございます!
今週は火曜日から続いた早朝からの外出も昨日で終わり、今日はゆとりがあります。
夜も遅くまでお付き合いがあった関係で身体には少し疲労感が残っています。
今日は、少しテンポを落とし一日を過ごしたいと思います。



迷走した富士フィルムによる米ゼロックス買収の話しも、同社のCEO他6名の取締役が主要株主アイカーン氏との和解により辞任することで、一応の決着を見た様です。
退任取締役に高額な退職金が提示され、彼らがそれに同意したからです。何とも欧米的な合理的な判断だと思いましたが、これも現実かもしれません。


一方のアイカーン氏も今後について、当初は米ゼロックスを富士フィルムが買収するよりも企業価値を高める経営に舵を切り、新任経営陣と一体となった企業運営を行うかに見えました。しかしながら、同社を再度、競争入札により売却すると発表しており、更には富士フィルムによる応札を拒まないという点は思わず呆気にとられます。


結局、米ゼロックスを巡っては、すべてが資本の論理で物事が動いてしまい、会社の理念はどこにあったかを思わせる事案だったということになります。
巨大な海外買収案件の難しさを目の当たりにした訳ですが、一時代前の日本のM&Aの常套手段として対等合併があったことを思い出しました。


海外では対等合併という概念が無く、両当事企業のいずれか一方が他方が買収する形式をとることになります。日本の場合は、今でこそ対等合併が法規的に認められなくなりましたが、当時は企業の統合を蟠りなく円満に執行するという、日本ならではの協調の精神が良く表れた事象だと思います。


いま金融機関名を見ますと、幾つかの金融機関の名前が単純に合わさった、長い商号の会社が多いと思います。その多くが対等合併が為された名残であると言えます。
経営統合の精神として、どちらかが一方を支配するという考えでは、その統合の話し合いのテーブルにすら着けないということで、協議の上で採られた苦肉の策とも言えます。


実際に両当事企業の財務をはじめとする経営内容が対等関係であることは稀で、これはこれで対等合併としてスタートした協議も蓋を開けてみれば全く対等な事業状況ではないことも多く、対等合併はこれはこれでなかなか難しい手法であったとも言えます。理念的には異なる文化を持つ企業同士が手を取り合う素晴らしい考えだったと思います。


いま企業では、時代の変革期の中で、多様な人材が集まり、その中から融合されて新たな
概念、アイディアといった価値が創造されることが期待されている様に思います。
まったくバックグラウンドや経験が異なる多種多様な人たちが協働していくことを考えますと、それと同時にその異文化ギャップを埋めるための摩擦も相当なものでしょう。


ここで、やはり企業組織というものは同質性の高い人材が強調しながら円滑に業務を執行した方が企業にとってメリットが大きいのではないかという考えが出て来ます。
確かに、経済成長時代の様に企業が経営方針に迷いなく、頑張ったら頑張っただけの成果を享受できる時代でしたら働き手のベクトルを一つに纏め易いので効果的でしょう。


しかし、いまの時代は、経済も成熟化し、これからの時代が何処へ向かって行くのか分からない中で、経営方針にも最適解を見い出すことが難しいと言わざるを得ません。
その様な中で、多種多様な働き手が将来の見えないものに対して、意見を言い合いながら一つの方向へベクトルを向けて概念形成して行くプロセスは不可欠と言えるでしょう。


様々な国、地域、企業が、自己を優先させる態度に変化し出していると思います。
あまり利己的になっては周囲との調和がとれなくなってしまいますの問題ですが、これも自己のアイデンティティを再編集する過程で組織内で起きていることと考えれば、ポジティブに捉えるべきかもしれません。


ただし、多種多様な人材が協働で新たなアイディアや価値を見い出して行くにしても、そのプロセスにおける余計な摩擦を軽減する為には、誰しもが共有する夢ないしは目標といった最終ゴールが漠然としてでも見えていませんと、組織内のエネルギーが高まって行くだけになってしまいます。


今までの日本の企業が内向きのベクトルを一致させることによる調和を重んじる組織体であるとするなら、これからの時代は外向きの様々な方角を向いているべクトルを同じ方向に向かわせるダイナミズムも必要なんだと思います。内向きのベクトルと外向きのベクトルのバランスが組織の活力を高めて行く様に思います。


今日もご覧いただきましてありがとうございます。
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