皆さん、おはようございます!
私が最近関心を持っている命題は、「人々が生き甲斐を持って働く」にはどうすれば良いかということです。それは自分の才能を生かしながら社会の中で頼られていることを実感することではないかと思います。その時に得られる金銭の多寡はあまり関係ない様に思えます。

私のこれまでの経験からも、自分の才能を最大限に生かしながら周囲もアッと思う様な結果を残せた時が遣り甲斐を感じた時だと思います。これまでに誰も手掛けたことのない事を遣り抜けてしまった時です。上昇志向の会社の足下を見て事業規模を縮小する計画を描き実現したこと、ポートフォリオ戦略を通して上場企業の株価を3倍に高めたことなどでしょう。
どれも自分自身のコーポレートファイナンスを自由自在に扱える才能を生かし、その時の環境の中で自分の身体感覚に素直に従ったことに拠ります。あの時に、頭であれこれと理屈で考えていたら、恐れ戦いてその様な構想が湧き上がって来ることもなく、着手すらしていなかったと思います。大きな課題だったと思いますが、身体のエネルギーで考えた感じです。
そして、自分が行ったことに対する結果として、周囲から認めらるということも遣り甲斐に通ずるのでしょう。では、それら残して来た結果が「生き甲斐」かというと「遣り甲斐」の範疇に入ってしまうと思います。それは、確かに大それた結果ではあるのですが、それが自分の生き様に基づく命題であったかというと、そこまでのことは考えていなかったのです。
ただ単に自分の才能を生かし成し遂げた事実に過ぎず、生きる目的を賭してまで行ったことかといいますと決してそのようなことは無かったと思います。もっとその手前にある若気の正義感に近いような感覚と、会社組織という寄らば大樹の陰的な枠組みに対する苛立ちにも似た感覚が入り混じった感覚だったと思います。その時は未だ目的意識を持っていません。
私の現在の人生の目的(=パーパス)は、働いている人々に生き甲斐を持って仕事をして頂くことなのです。それは働く方々が自分の内側にある自分の才能に裏付けられた本当に遣りたい「想い」に気づいており、それを仕事を通して実現して行くことこそ「生き甲斐を持って働くこと」に繋がると考えています。心理学で言うモチベーション如何かもしれません。
人間性心理学ではマズローの五段階欲求説が有名ですが、一般的には人間の最上位の欲求は「自己実現欲求」だと考えられてます。また、人間は外発的動機づけでなく、自律的な内発的動機づけに基づいて行動した時に、最も自分の行動に対する達成感が高まり遣る気が出て来るものです。だから自分の身体感覚から迸る本当に遣りたい想いへの気づきが大切です。
その様な観点から周囲を見渡した時に、仕事でお付き合いのある地域企業の経営者というものは、意外にも自分が何をしたいのかその人生を賭した想いを持ち合わせておらず、業績不振という負のスパイラルから抜け出せない事例が多すぎると感じています。また、定年を迎え再雇用となったサラリーマン諸氏のモチベーションが大きく下がっていることでしょう。
会社からの外発的動機づけに従い仕事をして来たことで、何となく自分自身の才能には気づいていますが、そのエネルギーを自分の人生のどこに向けたら良いのかを見失ってしまっています。地域企業経営者にしても、会社勤めのサラリーマンにしても必要なことは自分の才能を生かすべきパーパスに気づきを得ることです。そこに私のパーパスを重ね合せてます。
今日もありがとうございます!

