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日本の文化と林業

皆さん、おはようございます!
秋って良い季節ですね。。
夏の暑さから解き放たれ、心身ともに充実できる季節でもあります。
耳を澄ませば、小さな庭で鈴虫が大合唱しており、ここにも自然が残っています。


昨日、久しぶりに中央線の国立駅に降り立ちました。
駅が橋上駅舎に替ってから初めてでしたが、
高架下にはJRの商業施設NONOWAが出来ていて、
なかなか落ち着いた感じがして素晴らしいですね。


東の田園調布(東急)か、西の国立(西武)かと言われた様に、
いまでも高質な街の姿が健在です。
駅前から真っ直ぐ南に延びる大学通りがありますが、
昨日は放射状に右に延びる通りを真っ直ぐに15分程歩いてみました。


落ち着いた街並みという感じで、
ところどころにクラフトショップやカフェがあり、
行きかう地域の方々を拝見していますと、
煌びやかさありませんが、品格のある方が多い街ですね。


昨日は、半年ぶりに知人とお会いしました。その知人の実家は大規模な山林を持つ製材所を営む林業家でもあります。最近、林業関係のお話しをお伺いする機会が多いのですが、
日本の林業といいますと、戦後復興期の需要で大いに潤った以降、
住宅着工戸数の減少も相俟って市場の縮小が著しい業界でもあります。


林業がどうしてこの様な凋落の道を辿ってしまったのか私の理解では、
戦後復興期の住宅新築需要が急激に増えたところまでは良かったのですが、
住宅を供給するハウスメーカーの企業規模が急激に大きくなったのに対して、
供給する製材所や材木商は個人事業の延長のまま留まってしまった。


そこで何が起きたかというと、木材の需要と供給に量と質(=規格化を含む)ともにミスマッチが起きてしまい、そこに外国製の木材の輸入が解禁されたことにより、一気に需要者が安定調達できる輸入製品に雪崩打って行ってしまったことが、最大の原因であると思います。


鉄鋼などの他の産業事例を見ると、本来なら、輸入を解禁する前に関税をかけて、国内産業の近代化を促す政策がとられるはずですが、止むにやまれぬ戦後復興を急がなければならないという事情があったものと思います。一方の林産業(=施業、製材、材木商等)は、一次産業であるが故に、自然に向き合う事業であることにも理由があると思います。


最近でこそ、農業の近代化、科学的な経営を行っている農業事業者が増えてきています。大手スーパーや外食産業が自社食材の安定供給のために、規模の経済を利用して自ら農業を営もうという訳です。農家が自助努力で近代経営を持ちこもうにも、ヒト、モノ、カネという経営資源の観点から自ずと限界があります。


一次産業は自然界を相手にする為、科学の力が及ばない世界があることも事実です。人の営みとして森羅万象を尊ぶ日本人として、自然を慈しむ畏怖の念と調和の精神に基づき長年培ってきた「勘」の様なものも林業を営むには不可欠だと思います。その意味で、最近の局地豪雨で起きている山林の土砂災害が意味するものは大きいと思います。


日本は、敗戦によりGHQ管理下におかれ、急速な産業の近代化が図られました。
そのプロセスの中で、地方からの集団就職に見る様に、都会の人口が急激に増え、科学的な経営手法を学んでいきます。逆に地方は人口減少が著しく、戦前まで大切にしてきた自然とともに生きるという価値観が急激に減退していったと言えると思います。


その意味では、今の日本の社会というのは、本来持っているべき日本人としての歴史的な文化性が戦後を境に急激に分断されて、近代的、科学的な世界へ向けて一気に走り抜け、今日に至っていると思います。その様な中で、今、本当にこのままで良いのか、この先についてを立ち止まって考えている状況でもあるのではないでしょうか。


自分達が持つ歴史に裏付けられたDNAは何なのか。。
科学というのは、必ずしも万能ではなく、一定の表象的な部分についての合理的な論理で語っているだけであり、森羅万象すべてを科学で語ることが出来るのか。特に、回顧主義で昔に戻るべきだと思っている訳ではありません。


戦後のこの時代の流れは現実でもあり、生活を豊かにしてきました。一方で、戦争により分断されてしまった私たちの歴史があることも事実です。何か日本人として本来持っているDNAを忘れてしまっているようにも思えます。それを個々人が歩みを止めて少し考えてみるだけでも、これからの時代が大きく変わるのではないでしょうか。


科学は万能ではありません。科学で判断できない事に対して、何に準拠して判断すれば良いのでしょうか。このことに対する答えが、現状の林業に対する課題を解決する方法だと私は思います。第一次産業は、読んだ字の如く、産業の起源でもあります。産業という限りにおいては、やはり近代化できる部分は科学的な経営を採り入れて行くべきでしょう。


科学的合理性と精神がちょうど良く調和したところが日本の良さではないでしょうか。
明日も、日本の林業の今後のあるべき姿について、財務の観点から、もう少し書き進めてみたいと思います。
今日も、ここまでお読み頂きましてありがとうございます!









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