誰にも聞けない経営戦略!

ビジネスの未来を財務と心で読み解くブログです!

CREATE LIFE!
より良い暮らしを創造しよう!

http://crelife.co.jp

大手広告代理店の決断

皆さん、おはようございます!
昨晩の中秋の名月は素晴らしかったですね。
雲の間から浮かび上がるその姿が、秋だな。。
今朝も穏やかな朝を迎えています。


電通、博報堂に次ぐ売上規模の株式を公開する広告代理店が、
米国の機関投資家から株式公開買い付け(=TOB≒企業買収)を受けるという。
以前の会社でご一緒した先輩がお勤めになられているので、
さぞかし社内が混乱しているのではないかと思い陣中見舞いの連絡をしてみました。


事前にいろいろと調べてみて分かったのは、同社がキャッシュリッチ(=会社が預貯金を沢山持っていること)で、その余剰資金が将来的な事業資金として活用されておらず、同社の業績や同業他社に比べて株価が伸び悩んでいるようです。言い方を変えますと、その会社の株式時価総額以上に、実際の財産を会社が持っている状態にあるということです。


同社は英国の世界的な広告代理店と20年前に資本業務提携を行い、発行済み株式総数の25%ほどの株式を持って貰っていた様です。両者は、あまり事業の上での相互補完効果(=シナジー効果)が見い出せておらず、この広告代理店は提携関係を解消して独自路線で経営を行いたいようですが、建設的な話し合いは進んでいなかったようです。


一方、広告代理店業界では、6兆円の市場規模に占めるインターネット広告宣伝費の割合が20%位占めるようになっており、デジタル化への波が急務となっているそうです。サイバーエージェントの様なネット専業の広告代理店の成長が著しく、電通をはじめとする従来勢力が軒並みシェアを奪われている現状にあります。


米機関投資家からしてみれば、同社をデジタル化の波に乗せて、将来的に成長軌道に乗せられれば、買収した価格よりも高い価格で株式を再上場させることができ、売買益を得ることが出来ます。仮に再上場まで出来なくとも、同業他社に会社を譲渡することも出来るとの思惑があるものと推測できます。


かたや同社は、この機会に英国の資本業務提携先との提携関係を解消して、デジタル化の波に乗りたいという考えが、米機関投資家と一致したものと思われます。
このTOBは、一時期、世の中を席巻したハゲタカファンドの様な敵対的な買収とは異なり、互いが合意の上で行う前向きな部類のM&Aと言えます。


先ほどの先輩によれば「会社から説明はあったけど、人員合理化されるんじゃないかと心配している」とのことです。新聞だけからの情報では無理もない話しで、会社側も社員説明に際して、株式を公開している会社ですので、新聞社に公表した内容以上の話しをしてはいけないことになっています。


私からは「お金持ちの会社が持つ、贅沢な悩みです。そのお金でデジタル化に向けた投資をすれば解決しますよ」と伝えたら安心されていました。米機関投資家が出て来たから、資金が枯渇しているとでも思ったのでしょうね。私も、久しぶりに資本の論理を目の当たりにし、なぜこの広告代理店が自助努力で解決できないのか不思議に思いました。


タイミング的に米機関投資家から話しが、同社には渡りに船だったのかもしれません。ただ、同社の株主構成を見ますと約6割が外国人株主であったそうですから、一旦、株式を非公開して、和製会社として改めて再出発をしたかったのかもしれません。それにしましても、株式を公開してますと資本の論理の影響をまともに被りますので大変ですね。


私も、以前、化学会社に勤めている迄は、この様な企業買収を仕事としてきたことがあります。この10数年間、中小企業で仕事をしておりますが、今回の件に関して何か本来の事業そのものとは掛け離れた労力なので妙な気もちになります。これが株式を公開することによる目に見えない多大なコストなのかもしれません。


自らベンチャー企業の株式公開を目指したこともありますが、やはり株式公開は本当に事業に必要な資金需要がある場合に限るべきだと思います。確かに、会社の信用力やブランド力が高まるという面もあると思いますが、株式を公開しないで済むのであれば、それにこしたことはありません。


何か、中小企業における個人資本と大手企業の株式公開による資本との間に、ミドルレーヤーによる共益的な資本の形があっても良い様に思います。金融機関からの借入金と資本市場からの資本調達の中間に位置する、社会の課題を事業を通して解決を図る企業に対する市民ファンド的な資金。「資本」の世界ももう少し多様化が必要かもしれませんね。


今日もご覧いただきまして、ありがとうございます!





ライフスタイル消費の時代

皆さん、おはようございます!
今朝は少しゆっくりと、外が明るくなり出してから床から出ました。
体内時計ではありませんが、日の出とともに起き出し、日の入りとともに寝るのが
気分的にも身体にも良いのではないかと思ったりします。


ふと、思い当ったことがあります。
私が長くお付き合いをさせて頂いている諸先輩、諸同輩、諸後輩に共通している所があります。様々な分野ではありますが、みんなプロはだしの趣味を持ち、その趣味を軸に最も身近にある仕事を選択していることです。


趣味で食べているのか、仕事で食べているのか、その境目が曖昧なんですが、兎にも角にも楽しくなければ生きている意味がないという型破りな人々ですね。
(私は違うのですが、)音楽好きが周りに一番多いでしょうか。
皆さんの周りの方々は如何でしょう?


経済とは、結局は消費者である人間のモチベーションにより既定されるのではないでしょうか。確かに、高度経済成長以降は、モノが充ち足りない時代でしたので、消費を刺激すれば新たな購買意欲が湧いて来たのでしょう。それもバブル経済の狂乱の中で消費者も自らの無駄遣いに気付き、それ以降のデフレ経済に至っています。


その間に、情報技術革新により、それまでに想像も出来なかった新たな情報産業が生まれ、消費者は携帯端末、通信回線を新たに手にするようになりました。しかし、消費者の大半がそれらの機器やサービスを手にし、需要が一巡しますと、買換え需要しか生まれません。この先に生まれるIoT、AIに対する需要はどの様なものでしょうか。


国内では、確かに人口減少問題、生産労働人口減少問題が目先の課題としてありますので、一人あたりの生産性を高めるためには不可欠かもしれません。しかしながら、経済全体の成長率を考えますと、人口減少分のGDPは間違いなく下がりますので、それを補う以上の余りある効果を生みださなければなりません。輸出を加味すれば別ですが。


一方、EV(=電気自動車)や各種シェアリングビジネスはどうでしょうか。
EVは現行自動車の置き換え需要になると思います。シェアリングビジネスは、個人対個人(PtoP)の取引が基本となりますが、共有経済という位ですので、当該需要が増加した分の個人対法人(=BtoC)需要に影響しないのかが心配です。


ただし、EVもシェアリングビジネスも本来の省資源化という観点では、
今まで購入するのに100掛かっていたものが80や70で済み、
その余力を他の消費に廻すことが出来そうですね。
それから、バイオの世界も、IT革新の延長線上で捉えられるかもしれません。


この様に考えますと、個人の所得を増やさない限り、新たな消費に結びつかず、経済成長に繋がらない訳ですが、その様な中でも個人が財布の紐を緩めてでも、どうしても欲しいと思う、未だ世の中にない新しいコトを提供できれば、回りまわって所得も増える好循環に導くことが出来ます(≠経済成長しなくても良いという考え方もありますが)。


世の中にない全く新しい、消費者が欲するコトとは何でしょうか。
間違いなく思いますのは、個々人のライフスタイルの中にある、こんな自分になりたい。。こんな楽しいコトをしたいという中に潜んでいると思います。そして、それは個人によって千差万別な、自らが探しに行くコトだと思います。


その様な背景を持ってシェアリングビジネスは生まれつつあるものと思います。
自己実現する為に能動的に消費しようとする価値は、
モノであったり、コトであったり、お金であったり、
全ては情報が媒介しています。


以前、私が百貨店の店舗開発を手掛けていた時は、
日常生活の中の非日常のハレの部分を提供するのが百貨店だと教わって来ました。
しかし、今は日常と非日常の境目を設けることなく、
日々、衣・食・住・地域・仕事の全てが晴れやかな生活シーンではないでしょうか。


今日も、ご覧いただきましてありがとうございます!

地域経営と達成感

皆さん、おはようございます!
今日もご覧頂きましてありがとうございます。
10月も3日、年末まで90日足らずと考えるのは少し気が早いでしょうか。
光陰矢のごとし、毎日毎日を大切に一歩づつ歩みを進めて行きたいものです。


先日、はじめて小石川後楽園に行ってみたのですが、
都会にこの様な明光風靡な庭園があるとは、長年、東京に暮しているとはいえ、まだまだ知らない名所があるものです。訪問者の約2割は外国人個人旅行者で、国内へのインバウンド旅行者が2千万人を超えていることを実感します。


2年前に民事再生した元祖LCCのスカイマークも
インバウンド旅行者の国内利用が好調なことと、
国内消費者のライフスタイルがモノからコトへ変化していることを受けて、
利用者が急増し業績が大幅に改善しているようです。


国内の不動産業界は、最近のホテルはオフィスビルと比べて収益力に遜色がない為、どの不動産事業者も挙って新たなホテル事業への参入や新ブランド立ち上げに邁進している他、官民ファンドのクールジャパン機構は英国の外食産業と合弁で体験型の日本食店を展開し、本格的な日本食を紹介して行くとのことです。


来るべきインバウンド旅行者4千万人時代に向けて、着々と布石が打たれているようで、足、寝床、食べ物のインフラが確保できれば、来日する旅行者も安心ですね。
インバウンド旅行者の来日する楽しみはどの様な所にあるのでしょうか。東洋の異文化に触れる、特に日本の明光風靡な景観や四季折々を慈しむ精神に触れることなのでしょう。


そうやって考えてい見ますと、確かに旅行時のインフラは整いつつあると思いますが、各々の機能や施設については各事業者が堅実に業績を伸ばせばよいのですが、
観光地として受け入れる地域での対応は如何なものなのでしょう。最近はインターネットにより来日前に自ら目的地を調べ、個人旅行として長期滞在する旅行者が増えています。


地域の観光資源として、国内旅行で行く様なティディベア博物館やお土産物屋さんではなく、その地域の文化を感じられるものでなければならないと思います。
地域の文化性といいますと、その地域で長年、脈々と息づいて来た伝統工芸であったり、郷土料理であったり、酒蔵であったりするのではないでしょうか。


伝統というのは、人々の暮らしの中に息づいて後世に教え伝えられるもの、歴史性の中にその地域の特性や、日本の良さを発見できるものでなければなりません。先日、テレビで欧州の大工さんが日本建築の様式を視察に来るドキュメンタリーがありました。障子一つ見ても、その格子の組み方に奥深い含蓄があり、感嘆されていたものです。


私は、観光地だからといって、観光受けする様な施設を新たに設置することではなく、その地域の素の営み(=文化)に体験的に触れて頂く仕組みづくりだと考えています。その為に、観光協会が単にプロモーション情報を発信するに留まらずに、地域資源を有機的に結び付けて、全体としての付加価値を如何に高めるかという地域経営視点が不可欠です。


観光地の各事業主体者の利害を超えて、不動産デベロッパーの様に街を経営して行くノウハウが必要です。GINZA6の様な建物内で完結する街もあれば、建物外に面として展開した街づくり視点もあります。そうそう、田園調布や国立はその典型ですよね。もう少し、地域内の事業者と連携を深めて運営に手を染めても良いと思いますが。


事業というのは、法人格という枠組みの中で語られがちですが、その法人格を度外視した横断的な事業というものもある訳です。地域の資源を活用した仕組み作りですね。その地域資源の中でも着目したいのが、先日のエルメスの様な伝統的なクラフト生産を営む事業者です。日本でも伝統家具、建物、酒造、アパレル等、様々な事業があります。


これらのクラフト事業は世界にない日本が誇る産業ですので、観光資源としても充分なポテンシャルがあるものと考えます。それ以上に、新たなスタイルの産業として海外にどんどん発信をして行くべきとも思います。そういう良い産業がありながら、何故、日本ではエルメスの様に伝統あるブランド企業が育って行かないのでしょうか。


歴史を振り返りますと、これもやはり戦後の急速な工業社会化が原因だと思います。資本力にモノを言わせた工業社会が、商品の標準化、価格の低減を推し進め、それを消費することにより、また次のモノを再生産するというメカニズムにそれら伝統工芸産業が巻き込まれてしまったと言えます。1億総中産階級という言葉が分かり易いですね。


ただ、いまの消費者は工業化製品の良さを理解していますが、それと同時に物足りなさも理解する様になっています。そうです、人間は経済合理性だけでは説明できない、五感、直観力、ライフスタイルといった曖昧性をも持つ生き物なのです。それが、手作り感のあるクラフト製品が改めて注目される理由ではないでしょうか。


また、消費者は生産者側にもいる存在でもあります。工業化社会は、経済合理性を突き詰めて行きますので、仕事も分業化、標準化、効率化の道を辿って行きます。あまり行きすぎますと、一つの仕事が分断されて、部分最適が強化される様になりますと、全体最適の機能が弱まってしまいます。これがいまの日本の企業の現状ではないでしょうか。


一方のエルメス。一人の職人が一つの製品を最初から最後まで手塩をかけて作り上げ、最後に自らの烙印を押す。何とも言えない職人冥利の達成感であり、製品への愛着が湧きますので、自ずと品質(=工業化製品の品質とは異なった品質)も向上するのではないでしょうか。工業化社会には味わえない達成感だと思います。


手前味噌な話しで恐縮なのですが、30数年前の大学の卒業論文で、この分業体制による生産と独り完結する生産について、どちらがモチベーションが高まるか。そして製品の質はどちらが高まるのか実験をした記憶が蘇ります。私の着眼点は、失われつつあるクラフト生産方法への疑問が出発点でした。


地域の観光資源を活かし、街を経営して行く視点もある意味では、近代経営の様に経済合理性だけを追求して行くものにはならないものと思います。街の中にはお金に換算できない経済というものも存在します。でも、そう言ったものも含めて、はじめて経営と言えるのではないでしょうか。そんな手作り感のある街の経営が出来たら良いと思います!