誰にも聞けない経営戦略!

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より良い暮らしを創造しよう!

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笑顔の絶えない街!

皆さん、おはようございます!
今朝も月が綺麗に輝いていますね。
きっと青空が広がる素晴らしい天気になるのでしょう。。
まもなく、少しずつ日の出の時間が早くなって行くようになりますね!


最近の経済政策を見ていますと、金融市場を緩和しつつ、働き方改革や人づくり改革を通したマクロ面、ミクロ面から景気を刺激していこうという施策が明確になりつつあります。そこから読み取れるのは、現状の閉塞感の漂う経済を浮揚して行くには労働者である「人」の能力を最大限に引き出す必要があるという現われなのでしょう。


ただ、政策としての取組みですので、どうしてもマクロ的にならざるを得ない。実行性を高めようと法人税を減税し、企業を政策誘導し様にも、企業側が抜本的な対策を打たない限りは、それも形骸化してしまうでしょう。いま必要なのは、GDPを伸ばすことではなく、これからの魅力ある将来像を描くことではないでしょうか。


AIやIot等情報技術の普及による第4次産業革命が何を私たちにもたらすのか。
クルマ、働き方、教育といった個々の分野では、おぼろげながら自動運転、ライドシェアリング、テレワーク、アクティブラーニングといった概念が私たちの生活に入り込むことが間違いないものとなっています。


では、それらが統合された社会の全体像はどの様なものなのでしょうか。
一番押さえなければいけないのは、情報技術革新により私たちの行動がどの様に変容して行くかだと思います。そして、その変化が今までの社会とどの様に異なっているかを明らかにすることで、私たちの活動のスピードも速くなるでしょう。


暮らしの中にAIやIotが入ることにより、個々人はいつでも好きな時に好きな情報を立場の分け隔てなく入手できる様になります。そして、仕事(=家事を含む)も情報化による代替が進んできますので、時間や立場の制約から解放されるようになります。そして、個々人が多様な考えに基づいて自らのライフスタイルを楽しむ様になるでしょう。


自動運転、ライドシェアリング、テレワーク、アクティブラーニングは、ともにパーソナル化に進んでいる為、自然な流れだと思います。供給者によるモノづくりを中心に組み立てられていた社会の仕組みから、個人主体の社会システムに変容します。それから、供給者と消費者の垣根が曖昧になりボーダレス化するでしょう。


今までは大量生産大量消費という規模の経済が社会にとって効率が良いと思われて来ましたが、消費者の需要が多様化しますと、必ずしもスケールメリットが効率的とは言えなくなります。また、情報技術の進展により個人でも商品を供給出来る様になっています。シェアリングエコノミーやモノづくりでは3Dプリンタ等の出現です。


その中で、私が着目したいのが、社会の仕組みが変容することにともない、都市や地域といった社会基盤も変えて行かなければならないことです。
社会の仕組みが情報化により変容しつつあるのに、それを受用する建物の様なハードウエアの仕組みの更新がなされていません。


国内を見渡せば、人口減少、消費高齢化により確実に空き家や空き地は増えて行きます。また、テレワークが進めば、企業も大本社の必要がなくなり、毎朝辛い思いをして通勤する必要もなくなります。自宅や自宅周辺のサテライトオフィスで働く機会も増えるでしょう。これだけでも、都市基盤の眺めが大きく変わって行くのではないでしょうか。


これからの都市や地域に必要な視点は、その地域固有の資源(歴史、文化、景観、シンボル)を活かして、人々が集う魅力的な空間にリノベーションしていくことです。それは、個人にとってコミュニティを通じた新しい出会いや創造力を助長する「場」であると同時に、事業者にとっても有形無形の地域資源を取り込んだ事業の「場」でもあります。


様々な立場を超えた人と人の関係を紡ぐ空間であり、必ずしも煌びやかな建物や物理的な場ではなく、人々が心地よいと感じる空間へのリノベーションが必要だと思います。
その様な空間には自然と人が集まって来るものです。休日の昼下がりに陽ざしで照らされた溢れんばかりの笑顔の絶えない街をイメージしてみて下さい。


仕事も暮らしの一部です。そこに隔たりを設ける時代ではありません。仕事をしている時も同じ気持ちでいたいものです。その様な時に、最大の知的パフォーマンスが得られるのではないでしょうか。事業者も一緒です。商品の供給者である前に、生活者であることを忘れてはいけないと思います。供給者と消費者という心の垣根は取り外した方がいい。


人々が自然と集うところには、その場所固有の歴史×文化×景観×コミュニティといった文脈や意味があります。そして、人々が集い、交流することにより、さらにその文脈や意味がアップデートされます。より良い暮らしを創造するためには、分断されてしまった都市機能の仕組みをも再生することが必要ではないでしょうか。


今日もありがとうございます!
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教育界における多様性!

皆さん、おはようございます!
まだ、この季節の空は月が明るく輝いていますね。
もう30分もすると少しずつ白んで来ると思います。
最近はこの大地をしっかりと踏みしめている感じがして良いです!


最近知ったのですが、大阪府で生まれながらの天然茶髪の生徒に対して、
学校側が頭髪を黒く染めさせ、訴訟にまでなっていると言うではありませんか。。
思わず、呆気にとられてしまいました?! これだけ世の中多様化しているのに、学校では未だその様なことが為されているのでしょうか。


大阪府の学校の8割がこの学校と同じ様に黒髪を義務付けているとのことです。そこまで、集団として規律を守ろうとする学校の姿勢は何処から来るのでしょうか。そうでなくとも今の子供は生まれた時からスマホ世代で、様々な情報を入手していますから、一律に理不尽に規制しようとする学校の方に無理があるのではないでしょうか。


風紀だけではなく、教育そのものの考え方も、金太郎飴の様に画一的な生徒を多く輩出することが、今の教育界の根底にあるのではないでしょうか。
戦後経済復興期、高度経済成長期の中では、産業界の要請から均質的な人材の輩出を求められていたと思います。


現在は、情報技術革新により、企業も多様な人材による変革が必要としていますが、未だ教育界では社会で求められる人材を輩出する体制となっていないようですね。
むしろ子供達の方が、社会で求められているのが多様性であることを知り、日々の学校生活での矛盾を感じながら過ごしているのではないでしょうか。


今の教育指導要領は、とにかく知識量を増やす詰め込み教育が続いています。
確かに前人の知識や経験を学問を通して学ぶことは必要だと思います。
しかし、先の見通しが立たない時代の変革期の中においては、人類の過去の経験の中からだけで将来を導き出すには限界があります。


過去に囚われない自由な発想力、着眼点、構想力といった力も、先が不透明な社会の中では不可欠となります。日本の社会、企業は兎角、前例主義で先行事例にならって集団のコンセンサスを取り入れながらものごとを進めて行く集団であると言えますが、これからの時代、先行事例の無いことに対する判断が必要な時代を迎えます。


先行事例のない判断というのは程度の差はあるにしても、過去の科学的な成果や経験から学んだことだけから演繹的に結論を導き出すことが難しいことにあります。
この様なことを判断する為には、もちろん科学の成果や経験も重要ですが、世の中に起きている現象の一部を法則化しているだけですので、自ずと限界があります。


五感をも活用しながら、様々な事象を抽象化しながら共通点を探し、帰納的に自分なりの法則の様なものを見つける作業を繰り返す。この中で大事なのは直観力と考える力でしょう。人との関係において何となく感じる違和感が、全ての判断の切っ掛けとなります。所詮、世の中の事は、人が為すことですのであたり前と言えばあたり前の話しです。


一方、テレワークは生産性を高めるための切り札であるのですが、この五感を働かせる機会を制限してしますデメリットもある様に思えます。
しかし、これからの仕事はプロジェク型の業務の比重が増えて行くと思いますので、課題を見い出しタスク化をするのはPJマネージャーの役割です。


PJマネージャーがプロジェクトを遂行する段階では、業務を効率的に進めて行くウエイトが高まりますのでテレワークが威力を発揮するでしょう。
また、プロジェクトによって、時にマネージャーがタスクを推進する立場になることもありますが、皆が判断する力を養わなければいけません。


2020年度より教育界でも情報通信技術を活用して、アクティブラーニングやソフトウエア教育等がはじまり、多様性のある考える力を養う教育が始まろうとしています。
しかし、教育関係者のお話しをお伺いしておりますと、一体、誰がどの様にそれを教えるのか実行性に欠けている様です。情報技術を教えれば済むという話しでもありません。


これからの時代、教育界においても、まずは教職者の多様化を進めて行くべきかと思います。企業から実務家教師が派遣されても良いし、逆に教職者が一定期間、企業に派遣されても良いと思います。集団組織というのは、意識的に変容させて行かないと、同質性の方向に進みだすのは産業界も教育界も同じだと思います。


今日も、ご覧いただきまして有難うございます。
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地の利を活かす「厚岸蒸留所」!

皆さん、おはようございます!
12月に入り、街なかもクリスマス一色となり、なんとなしに気持ちも急いてきます。
今日はこれから松本まで行ってきます。
さぁ、今年もあとひと踏ん張り頑張りましょう!


「厚岸蒸留所」をご存知でしょうか?
私も最近知ったのですが、北海道東部厚岸の輸入商社さんがウイスキーの蒸留所を始めるそうです。商品を発売する前からジャパニーズウイスキーの新たな「聖地」として、俄かな評判を呼んでいます。


誰もが、なんで厚岸に蒸留所なんだろうと考えると思います。
その答えは、厚岸の冷涼で湿潤な気候にあるようです。年間を通じて冬はマイナス10℃夏場は20℃という一定の寒暖差がウイスキー醸造にとても適しているとのことです。
環境や風土といった地域の資源を活かした事業の最たる例で素晴らしいと思います。


最近、ビールの販売量も頭打ちとなり、前年対比でも減少している様です。
その様な中で、クラフトビールだけはスーパーでの販売価格を見ましても、ナショナルブランドビールの価格よりも100~200円は高いですが、売れている様です。
消費者の好みが多様化していることを裏付ける一つの事例だと思います。


世界のビールメーカーは、今までの様なビール会社同士の巨大資本を投下するM&Aによるスケールメリットの追求の時代は終焉し、これからはクラフトビールの時代だと言っています。だからと言ってバドワイザーの様な巨大ブランドを傘下に持つ、ベルギーのインベブ社まで地域のクラフトビール会社の買収に乗り出しているとのことです。


いずれもアルコール飲料という食品分野の事例ですが、いわゆる嗜好品です。
これからの時代は情報ネットワークの進歩により、個人が中心の社会になって来ると日頃から思っています。このウイスキー、クラフトビールといった嗜好品が消費者から着目されている話しは、それを如実に表す良い事例かと思います。


大手企業はモノが売れないといって嘆きますが、消費者は自らのライフスタイルを充実させるコトに対しては十二分に楽しみながらお金を使っています。それは自らの好みに合う情報を探す所から始まっているのでしょう。最近では、テレビの様に一方的に提供され受け取るだけの情報には消費者も余り反応しないのではないでしょうか。


今年8月に、山梨の近藤ニットが運営する”evam eva yamanashi”に行きました時にブログにも記しました。その土地固有の歴史、風土、環境の上に、「地域」の産業や事業というものが本来成り立っている訳です。この厚岸のウイスキー醸造所もクラフトビールも地域性を貴重な事業資源としているところに共通性がみられます。


消費者は様々な方法で情報を得て、そこにライフスタイル/暮らしを感じ、自分ならではのもの、作り手や地域での生活感ある温もりを感じ取っているのではないでしょうか。近藤ニットは、ニット生産の技術を産地山梨と重ね合わせたオリジナル商品として表現し直すことにより、商品のみならずライフスタイルをも提案していると言えるでしょう。


明治維新以降、今に至るまでの工業化社会においては、中央集権型の規模の経済が社会の仕組みを規定してきました。地域の産業や事業会社も、その様なシステムの中に組み込まれてきた訳です。従来の社会の仕組みが行き詰り変容するなかで、地域の資源を活用した本来の新たな産業や事業のあるべき姿が芽生えつつある様に思います。


それからもう一点、その様な地域の資源を活用しているライフスタイル発信型事業というものは、事業そのものが観光資源となりうる。
わざわざ観光とは言わないまでも、個々人が日々の暮らしの中に非日常的な晴れやかさを発見する楽しみを求めていますので、あたり前の話しかもしれませんが。


この様に考えますと、アルコール製造、ニットー製造だけではなく、日本の内需型産業というものは、みな同じ様に地域資源を活用した事業を見える化することにより、見方を変えますと観光資源化することが出来るのではないでしょうか。これから行く松本もそうですし、先週末訪問した浪江町もそういうポテンシャルがあると思います。


日本全国のいたる地域に、景観や歴史といった観光資源に、人々の生業の証である地域事業が加わったら、消費と地域と産業が三位一体となった素晴らしい「まちづくり」が出来ると思います。その地域で個人個人誰しもが、より良い暮らしを創造していく中に、各々が交叉する地域の進むべき解を導き出せるのではないでしょうか。


今日も、ご覧いただきまして有難うございます。
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