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企業中心社会を考える!

皆さん、おはようございます!
最近はどこへ行ってもインバウンドの旅行者が本当に増えていると実感します。
街を歩いていますと、一時期の中国からの団体旅行者がなりを潜めて、個人旅行者が増えているのではないでしょうか。好奇心の赴くまま、日本という国を知る為に。



日本は、世界に誇れる魅力ある豊かな国なのでしょうか。
確かにGDP(=国内総生産)は、世界で米国、中国に次ぐ第三位の規模を誇っていますが、国民一人あたりのGDPを見ますと世界25位に位置しています。必ずしもGDPの規模だけが暮らしの豊かさを示すものではありません。


いまの時代はモノが満たされ、物量的な満足感よりも、充足感が心の豊かさといったより精神的なことへ向かっている様に思えます。毎日の暮しを楽しく、生きいきと過ごしたいという気持ちは、誰でも等しく持ち合わせているものだと思います。この幸せ度数という観点からしますと、日本は後進国の部類に収まってしまうのが残念です。


なぜ日本はこれだけの経済大国でありながら、人々が生き甲斐を持って生活を送ることができないのでしょう。それは、一言でいえば日本という国が成熟化してしまったということになりますが、明治維新以降の工業近代化の趨勢の中で、企業組織を中心とした社会が形作られて行ったことが、本来人間主体の社会を歪めてしまったからだと思います。


これは日本だけではなく、経済先進国が等しく持ち合わせている悩みなのでしょう。
規模の経済という経済合理性を追い求めてきた結果、企業は成長に次ぐ成長を遂げ、国民は所得という形で還元され、モノが不足する時代においては消費を刺激し、更なる経済成長への好循環をもたらしていたと言うことが出来ます。


ところが、いざモノが満たされてしまいますと、その好循環のスピードが明らかに減速してしまいます。モノを作る企業の業績は低迷し、そこで働く社員の給料の伸びも頭打ちとなってしまいます。その様な折に、情報通信技術の進展があり、モノからコトへと消費傾向が大きく変容し出しており、経済のソフト化が着実に進展しています。


この経済のソフト化(=パーソナル化)が本格化するプロセスの中で、いままで築き上げてきた社会システムの問題点を私たち個々人の意思で変えて行かなければなりません。
非常に複雑化した社会の中で、どこから手を付けるべきか悩ましいところですが、その様な時に思いだしますのが人間と自然との相互作用が経済の本質であることです。


人間が生きて行くための糧を得るために、私たちは自然の恵みを頂戴しながら近代化してきた歴史があります。それは、人間がこころ豊かになる為の営みであった訳です。
現在の社会において私たちが可笑しいと感じていることが社会の問題点であり、それを感じている人が世の中の潮流を見定めながら、解決していくべきでしょう。


その為には、私たちが審美眼でものごとを判断する余裕を取り戻すことから最初に解決していかなければならないと思います。それは、人間が昼間に活動している時間をどの様に過ごすかに関わっていると思います。多くの人は、仕事をしている時間だと思います。シニアの方は、定年退職後の時間の使い方だと思います。


日本では、戦後、多くの国民が企業で働くことに憧れ、終身雇用という名の下で、企業とともにすることを是としていたと思います。しかし、この企業中心社会というものは、地方の人口を都市圏に大きく流入させてしまい、定年退職後は悠々自適の生活であったはずが多くの方が物足りなさを感じているのではないでしょうか。


情報技術革新により、企業の存在が必ずしも絶対的ではなくなりつつある今日において、企業に寄り添い過ぎる態度を改める時が来ているかもしれません。企業に勤めなければどうやって糧を得て生活していくのかという疑問の声が出てきそうです。しかし、考えてみれば、企業中心の社会となったのはこの50年余りのことではないですか。


それまでは、個々人が自ら商売(自営、生業)で生計を立てていた訳です。自らの好きなこと、得意なことを商売に結び付けていたのではないでしょうか。企業中心社会になってから、仕事の意味が大きく変容していったと言えますが、それもこの50年間のことに過ぎません。いまの時代に、新しい事業が生まれ難くなっていることと関係ありそうです。


企業での仕事は、分業化されてしまい仕事の専門性は高まっていますが、逆に事業全体を俯瞰できる機会が極端に減ってしまっています。最近の若い方の中には、素直に疑問を呈する方も増えている様です。人間が作り上げた常識は一過性のものかもしれません。
時代が変われば変えて行かなければならないものも多くあるのでしょう。


今日もありがとうございます!
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大手企業とスタートアップ!

皆さん、おはようございます!
今日は涼しい朝ですね。つい先日までの熱帯夜が嘘のように感じます。
毎朝、新聞を読むことを日課としており、昨日の様に新聞の休刊日は落ち着きません。
最近ではオンライン新聞などもありますが、紙の新聞は全体を一覧でき見やすいです。



スタートアップベンチャーと言えば、新規株式公開(=IPO)を前提にするものと考えられてきましたが、最近では上場を追わないスタートアップが広がっているようです。
従来ですと、独創的な事業計画を拠り所に、スタートアップへの投資を専門とするベンチャーキャピタル(=VC)から出資を得て、垂直立ち上げするイメージがあります。


当然に、VCからの出資を得た時点で、新規株式公開を約束することになります。VCの収益源は、スタートアップベンチャーのまだ株価が安い段階から投資を行い、株式をIPOすることにより売却益を得るビジネスモデルだからです。VCは投資したスタートアップがIPOできるように、手塩をかけて事業支援します。


スタートアップが上場を追わなくなっているのは、事業草創期からIPO準備に取り掛かる業務の煩雑さを避け、そのエネルギーを本業に費やしたいという思いからです。
そうでなくとも、スタートアップ期は身を粉にして働かなければならないほど多忙を極めますので、その気持ちは充分に理解できます。


最近ではCVCという大手企業によるスタートアップへの投資が増えていることが、必ずしも上場を追わないスタートアップが広がっている理由だと言えると思います。
CVCはVCのように、必ずしも投資先のスタートアップによる株式公開益を享受することが目的にはなっておらず、本業との相互補完効果を期待している側面があるからです。


CVCの投資額は2017年に681億円と、5年間で27倍に増加しています。CVCが割と高い株価でスタートアップに投資をするので、VCは投資採算が合わず投資額が縮小しているという話しも聞こえて来ます。CVCは2000年代に入り世界中で顕著になりましたが、日本企業は自前主義に拘り世界の潮流に乗り遅れた反動だと言えます。


それだけ日本のCVCは歴史も経験も浅く、思う様に本業との相互補完効果が得られないばかりか、スタートアップの事業そのものの成長性に懐疑的になっている投資案件が増えているという話しも聞こえて来ます。投資した企業の10のうち1社が軌道に乗れば良いという程、スタートアップは難しいと言えます。


その点を理解せず大手企業がCVCに参入をしていないか一抹の不安があります。上場を追わないスタートアップが広がっているとはいいましても、CVC資金が過大に流入していることによるスタートアップバブルが生じているという懸念もあります。
必ずしもIPOすることだけがスタートアップの使命ではないことは確かです。


そもそも、CVCに取り組む大手企業内に起業経験やスタートアップを成長支援させて行くノウハウなどあるのでしょうか。ピラミッド型ヒエラルキー組織の中で細分化された業務を担当する社員には勿論、大手企業の経営者といえども生え抜きの社長では事業を興す経験すら持ちえない方が多いのではないでしょうか。


その様な中で、大手企業がCVCに参入したところで、そう簡単にスタートアップを成長させることが出来ませんし、本業との相互補完効果を期待することすら出来ません。
また、大手企業とスタートアップでは、事業を進めて行く方法も時間軸も異なります。そのカルチャーの違いをどの様に埋めてやるか、まずはそこから手を付けるべきでしょう。


スタートアップが自由に事業を営めるように、大手企業側から口を挟むことなく、スタートアップ側から大手企業の事業資源を使いたいと言われた時に適切な支援をすることが望ましいと思います。また、大手企業も投資採算を合わそうと、過分な期待をスタートアップに対して持たないことだと思います。


それだけ事業を立ち上げることは難しいことだと思います。一方のスタートアップ側も、CVCからの出資を得たからといって、慢心しないことを肝に銘じておくべきだと思います。大手企業の知名度を活用できるのは良いことですが、その分、スタートアップ企業として信用を勝ち得るという経験をせずに済ませてしまうことになります。


そうであれば、CVCという煩わしいことは行わずに、最初から独創的な事業アイディアを大手企業に買って貰い、大手企業内の一つの新規事業という立ち位置で立ち上げて行けば良いのではないでしょうか。大手企業側も、自前主義に拘らずに、そういった起業家を迎え入れるくらいの器量がこれからの時代には必要でしょう。


今日もありがとうございます!
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情報化時代の経済!

皆さん、おはようございます!
厳しい残暑も終わり、いよいよ秋本番を感じさせる気候となってきました。
窓を開ければ、爽やかな秋風が家の中まで吹き込んできます。
松本でのチカラ仕事で全身筋肉痛の身体が癒されます。



範囲の経済という言葉をご存知でしょうか。よく、規模の経済に対比して使われることが多いです。規模の経済は多くの方が理解されている様に、売上規模の拡大を追求することにより、売上単位あたりの固定費が薄まって行き、利益が多く出て来ます。近代工業が目指してきたのは、マスマーケットを対象とした規模の経済による経済合理性でした。


これに対して、範囲の経済とは、共通の生産設備や顧客に基づいて製品の種類を増やすことによって収益を増大させることをいいます。規模の経済が少品種大量生産を目指していたのに対して、範囲の経済は多品種少量生産を目指していると言えます。お客様の好みに合わせて多品種を共通の生産設備により作りだすという考え方です。


この範囲の経済による多品種少量生産を現実のものとする為にも、情報技術の力を借りなければ成し遂げることが出来ません。その意味では、未だ情報技術が興隆していなかった時代には、企業はマスマーケットを対象として規模の経済を追求するしかなかった訳です。最近でこそ、スモールマーケットを対象とすることが現実となって来ています。


その様な範囲の経済ですが、情報技術革新を背景として、新たな概念へと変容しつつあるように思えます。例えば、建設機械メーカーのコマツでは、建設機械にGPS機能や各種センサーを装備(=建設機械のIoT化)し、位置情報や稼働情報を集約することにより保守管理の精度を格段に向上させています。


当初、コマツでは有償オープションでIoT建設機械の導入を行っていましたが、標準装備としたことで普及に弾みがついたそうです。建設機械の製造販売事業から、建設機械をプラットフォームとしたサービス事業へと事業構造を転換させているわけです。情報技術革新により為し得る新サービスですが、これも新しい形の範囲の経済だと考えられます。


その後、コマツは収集したデータを他社にもオープンに提供するIoTプラットフォームの運営会社を設立しています。建設機械というモノから生じるデータを活用して、土木建築のバリューチェーンをより安全で生産性の高いものへすることに事業目的を転換したからです。モノづくりからコトづくりに事業の中心が移動したと言えます。


これは、自動車産業が目指すCASE(つながるクルマ、自動運転のクルマ、シェアリングするクルマ、電気で走るクルマ)の先行事例として、非常に参考になると思います。
収集したクルマの走行データを自社の自動運転技術や保守サービスに活かそうという考え方に類似していると捉えることができます。


最近のトヨタ自動車の動向を見ていても、駐車場のパーク24とカーシェアリングで連携したり、ライドシェアリングの米ウーバーとの連携をしたりと、各国のシェアリングビジネスの囲い込みを行っています。狙いは、シェアリング事業で使用されるクルマから収集される各種データを活用することと、シェアリング事業ノウハウを獲得することです。


ただし、トヨタ自動車の取り組みで懸念されるのは、情報化時代の範囲の経済は、情報を一つの企業で囲い込める性質のものではありません。トヨタ自動車が異業種を囲い込むのではなく、自らが収集したデータを他社にも活用して貰えるオープンなIoTプラットフォーム化して行く必要があるように思えます。


企業の規模に拘わらず、自前主義で新たなサービスを提供するには限界がありますので、社会のためにも斬新なアイディアを外部企業から募り共有すべきでしょう。情報化社会では、オープンイノベーションを前提に考えて行く必要があります。その為にはIoTプラットフォームを様々な企業に開放していく必要があるでしょう。


この様に、規模の経済から新しい範囲の経済の移行は、既存の生産設備やお客様を大切な資源として、商品の品種を増やすだけではなく、いままでの企業では当たり前に考えられてきた自前主義を見直し、自らの企業の垣根を低くしていくことが要点となります。その上で、異業種企業との協働を進めて行くことが必要でしょう。


情報社会は、収集蓄積された情報を開かれたプラットフォームの上で、様々な事業主体が参加して共有することが不可欠だと思います。その結果、その情報を利用した事業主体が新たな多様なサービスを展開し、それがまた新たな情報として収集蓄積させて行く、その様な時代になると思います。


今日もありがとうございます!
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