私のフェルトセンス!
皆さん、おはようございます!
もし、もう一度、生まれ変われるのなら、どの様な仕事を選択していたかとの投げ掛けに、一瞬の躊躇がありながらも、弁護士という仕事が頭を過ぎりました。人間が好きだからこそ
、生きて行く為に必要な利害関係の調整を公正に行ってみたいとの思いからなのでしょう。

今日は、これから為すべきことに向けた概念としてではなく、自分の内面にあるフェルトセンスに目を向けてみたいと思います。潜在意識の奥底にある、日常、自分でも気づきすらすることのない捉われの部分に焦点を充ててみたいと思います。良くブログにも記している通り、これまでコーポレートファイナンスを専門とするCFOという役割に執着しています。
人間が生きて行く為には、自分に出来ることを拠り所として糧を得て行かなければなりません。その為に人間は経験に裏付けられた研鑽を深めながら、自己成長を図っていく存在なのでしょう。それが、私の場合はコーポレートファイナンスであったというだけの事です。本当は、学生自分にその世界に嫌悪感とコンプレックスを抱いていた微かな記憶が蘇ります。
なぜ、そんな忌み嫌っていた専門性を身に付けてしまったかと言えば、大学卒業時に希望していた航空業界への就職に失敗し、途方に暮れてた時に偶々見つけた求人が地域金融機関であった訳です。自分では、人々の交流を通じて地域経済を活性化したいという夢を持っていた訳ですが、それが叶わないなら自分に最も縁遠い金融の勉強をしてやれという経緯です。
その後の巡り合わせや努力の甲斐あって、周囲から財務数字や金融に強い事業や経営企画のスペシャリストという認識が広がって行きます。まぁ、20歳代のサラリーマンとしては、自分でも及第点を与えることが出来たのではないでしょうか。その後の巡り合わせで会社再建やM&A業務に携わる幸運に恵まれ、CFOを意識する様になったのが33歳の時です。
33歳の時に航空業界で新規参入の機運が生まれ、ベンチャー企業ながら航空会社の創業に携わる幸運に恵まれます。シンガポールに旅客機リースの契約に赴いたり、既存航空会社との業務提携契約を纏め、事業計画を立案しながら資金調達に注力していました。バックアップするメインスポンサーを得られず、最終的には新規参入の旗を降ろす結果となりました。
自分の努力が足りずに招いた結果ですので、悔しいながらも今度は本当に諦めも付くものでした。その後、どの様な道を進んでいくかを考えた結果がCFOだったのです。M&A草創期であったこともあり、どこの会社からも引く手が数多であったと言えば、言い過ぎかもしれませんが、大手化学メーカーで株式時価総額を3倍に高める実績を残す迄になってます。
ところが、その後暫くしてメンタル異常を来してしまうのです。確かにコーポレートファイナンスで余すことなく遣り尽くした感がありますが、目的を見失ってしまったのでしょう。
本来、専門技術を目的とすることなく、それを手段として解決すべき社会の課題に向き合うべきだったと思います。それから長いトンネルの様な自分探しを経て、いまに至る訳です。
遅ればせながら今だから言えるのは、目的と手段を履き違えてはならず、自分ならでは事業観を自ら持ち合わせていなければ、ただのスペシャリストに留まってしまうという事です。
今という時代だからこそ言えるのは、CFOであってもビジネスを描き出せなければ務まらないという事でしょう。これまでの経験が将来に向けてどの様に生かされるかが大事です。
今日もありがとうございます!
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