誰にも聞けない経営財務戦略!

ビジネスの未来を財務と心で読み解くブログです!

CREATE LIFE!
より良い暮らしを創造しよう!

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自己分析2!

皆さん、おはようございます!
人間というものは周囲の環境とのかかわりの中で、その人としての心理的性格が規定され構成されるものです。それと社会において一般化された慣習と理解が異なる場合も当然にあり得ることであり、それをもってして特異な個性だと捉えるのは早合点だといえるでしょう。



幼少の頃に植え付けられた私の性格を構成するキーワードは「好奇心」「大らか」「相手の立場で物事を考える」の三つに収斂しており、今でもその特性が私の性格を規定する代表的な因子となっていることを実感します。小5の時から他者と争うことを嫌っており「せるな」「こるな」「ばるな」「さるな」「けるな」という言葉が胸の中にあります。


それから、敏感に反応する動詞、または日常よく会話において使用する気に留めてる動詞に「感じる」「考える」「創る」「交わる(=交流する)」という言葉があります。これは人生において無意識のうちに心に焼き付いてきた言葉として、自らが求めるパーソナリティということが出来ます。人間の心理とは幼少の頃の体験が色濃く残り続けると言われてます。


一方、現在自分が何を志向しているかを判断する材料としては、どの様な書籍を好んで読んでいるかを3つ上げてみることです。私の場合、大きく3つのジャンルに括ってみますと、①コーポレートファイナンス、②ヒューマンキャピタル、③地域経済開発といった実務書が多いことに気付かされます。新たに形式知を得るというより日頃の考えを確認しています。


私の考えの根底にあるものは「人間」そのものなんです。コーポレートファイナンスにしても、それは人間が事業を行った証として財務数値からどの様な営みが為されているのかを読み解くことが大切です。ヒューマンキャピタルは、正しく人間が持つ創造力を如何に発揮するのかということになります。もちろん地域経済開発も、その主役は人間ということです。


以上から浮かび上がってくる私のパーソナリティを言語化し文章としてつなぎ合わせて行きますと、司馬遼太郎の著書である「菜の花の沖」の主人公である高田屋嘉平衛が近い存在になると思います。決して駿馬ではありませんが、開拓者精神が旺盛で自分に負けることが嫌いな心優しい(←手前味噌ですみません)穏やかな性格で結構感受性を持ち合わせている。


興味領域としては、やはり地域ちいきの人々と関りを持ちながら互いに理解し合い、良いところを吸収しながら笑顔の絶えない精神的に豊かな社会を創っていきたいということになります。自分自身として認識している性格特性として、社会的に意義ある意気を感じることに対しては、例えそれが非常に難解な仕事でも底力が湧き出てきて遣り遂げてしまう所です。


逆に言えば、余り意気を感じないことに対しては、もちろん滞りなく業務を遂行しますが底力が出て来ないというのが正直なところです。正義感が溢れているのでしょうか、それを余り振りかざし過ぎると周囲からの圧力が高まるものであり、それを前面に押し出すことなく
、自分の腹の中にしまっておくことも大切なことです。これも生きるための知恵でしょう。


そして、現在、私が指向しているライフデザインは、地域づくりであり、それはまちづくりと言い換えることも出来ます。その為には仕事づくりが不可欠であり、生業型スモールビジネスを営む、営もうとしている地域内で暮らす方々に寄り添っていけたらと考えています。
共に汗水を垂らしながら創発し、地域を再構築していくことが私の意志だと受け止めます。


今日もありがとうござます!
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自己分析!

皆さん、おはようございます!
いま3者間のアライアンスを手掛けていますが、当事者各々に利害や思惑が絡むので、各者の思いを重ね合わせることは簡単なことではありません。世の中には大手金融機関の様に3行合併を実現しているところもありますが、大切なのは夢を重ね合わせられるかでしょう。



これまでの人生を振り返ると、私の性格を構成する幾つかの共通するキーワードが浮かび上がっています。「好奇心」「大らか」「相手の立場で物事を考える」の三つに収斂するようです。これらの言葉は、子供の時から社会人に至るまでの間に螺旋階段を登るように多少言葉の表現は異なれど、何度となく繰り返し表出しています。きっと私の本質なのでしょう。


幼少の頃は、某地方銀行東京支店の大きな庭のある平屋の社宅で過ごしていますが、それこそ大きな栗の樹に登ったり、庭を駆けまわったりしながら自然に抱かれて伸び伸びと育った様な記憶が微かに残ります。そのせいか、公園などで同い年と交わり遊ぶ機会が少なく、庭に生息する虫やら爬虫類?や時々家にやって来る近所の兄の友達と一緒に遊んだものです。


そののどかな生活もそう長くは続かなく、記憶に残っていないのですが父親の独立により、その社宅から引っ越したのが5歳くらいの時でしょうか。父親の銀行員時代もそうでしたが私にとって小学校に通いだす位までの間の父親の存在や印象の記憶が全くないのです。物心が付いたころは土日も仕事で出かけている始末です。まるで母子家庭のような生活でした。


それだけなら未だ良いのですが、偶々、自宅で父親と顔を合わせれば、叱られてばかりで、
子供ながらに理不尽な思いをして来たような気がします。まだ小学校1~2年位に過ぎないのに、父親から求められることは大人染みた礼儀や気働きばかりで完全に委縮するばかりです。また、父親の性格も手伝って、物言いがとても直球で刃物に触るような感覚なのです。


父親に甘えたいにも拘わらず、そんな気持ちを受け入られない状況に、幼心ながら子供の立場に立って物事を受け入れて貰えない気持ちが、私にとってのトラウマとなってきたようです。そのせいか、幼稚園の頃より独りで工事現場に通って土方のおじさんと一緒にお昼を食べ、幹線道路地下に埋設されている巨大下水管に潜っては見せて貰ったりという毎日です。


学校帰りに消防車に乗せて貰ったこともあります。持ち前の田舎臭い人懐っこさがおじさんに響いたのでしょう、随分と見ず知らずのおじさんに可愛がってもらいました。見方を変えれば、父親で満たされない気持ちを見ず知らずのおじさんに投影していたと思います。それから持ち前の好奇心旺盛なことも社会勉強ではありませんが子供の無邪気さなのでしょう。


それでも小学校時代は気ままに自由にやっていたと思います。1年生の春に消防自動車の写生で優秀賞をとったり、夏休みの宿題の工作が区展で展示されたり、奇想天外な創意工夫し
ながら伸び伸びとやるのが好きでした。将来はパイロットか外交官になりたいなどという無謀な夢を見たりしています。ただ人間関係ではトラウマが頭を擡げることが多かったです。


中学時代は、公立学校なのに進学校の様な先生の張り切りようで、偏差値教育の洗礼を受け暗いイメージしか残っていません。それが一気に視界が晴れたのが高校時代以降でしょうか
。サイクリングという趣味ができ、仲間と日本全国を自分の脚で駆け巡った経験に、正直にこれだ!と思いました。自然に抱かれる雄大さと、地域の人々の懐に飛び込む嬉しさです。


今日もありがとうございます!
続きは明日に。。
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父親に対する対抗意識


歩いて大手町から帰る
好奇心/
独創性/創造力/創意工夫
雄大さ/スケールの大きさ
信頼関係/優しさ
相手の立場で物事を考える
トラウマ/人の気持ちを考えない自分本位の父親
あおいくま/他者との競争ではなく自分との闘い

地域経済開発との出会い!

皆さん、おはようございます!
最近すっかり行動経済学が市民権を得ています。これまでの経済学が人間の行動を普遍的で一般化された存在として捉えてきたのに対し、行動経済学では人間をもっと個性的で豊かに行動するものとして捉え直しています。経営学や企業財務でも同じことが言えるでしょう。



学生時代に旅行で立ち寄った関西のとある駅のキオスクでたまたま手に取ったのが司馬遼太郎の著書「菜の花の沖」であり、東京までの各駅停車の列車の中で食い入るように読んだことが思い返されます。それははじめて自分の遣りたいことに出会った確信であり、北前船の焚きだった主人公の高田屋嘉平衛の生い立ちを通して鮮やかに描き出されていたからです。


高田屋嘉平衛は、やがて北前船の船主になり、いまだ未開発の箱館(=函館)に定着する様になり、現在の函館地域経済を開拓した中興の祖と呼ばれている方です。晩年には、鎖国時代のロシア帝国との関係を取り為し、友好関係を築き上げています。私は、高田屋嘉平衛のそんな地域間交易を通じて函館という地の開拓に結びつけたフロンティア精神が好きです。


きっと、高田屋嘉平衛の生涯に自分の人生を重ね合わせていたものと思います。だから、紆余曲折がありながらも、社会人になって始めて就いた仕事が信金マンであり、それに飽き足らずディベロッパーで職を得たのでしょう。そこで自らの企業財務のノウハウに裏付けられた事業企画の立案という職務を通して、それを実現して行こうとしていたものと思います。


それがバブル経済崩壊とともに、自らの会社を再建させることになり、いつの間にか地域開発という視点より目の前のキャリアを高めることが勝ってしまい、M&AやIPOというコーポレートファイナンスの知見を積むことに邁進してしまいます。それが30歳代後半頃であったと思います。それは社会がそれを求めているからであり、それに迎合したからです。


社会の枠組みに必要とされる歯車として自らのキャリアを考えるようになって、コーポレートファイナンスというスキルは随分と磨かれましたが、それを何のために生かして行くかという魂がすっかりと抜け落ちていたと思います。その様な期間を10年も過ごすと自分の中にある熱い思いも冷め切ってしまい、精神的にも不調を来すようになってしまうものです。


足場の定まらない真空状態から自分探しをし、自分の向かうべき所を見出すプロセスは二度と味わいたくない経験です。今こうして再び中小企業の事業を再構築することを通じて地域経済を再興することに傾注していることを踏まえますと、それが本来自分が持って生まれた個性であり、本当に自分が遣りたいことなのだと思います。キャリアの目的は変わらない。


その様に考えますと、自分に出来ることを通して、社会に対して何を実現しようとしているのかという意志を持つことが大切であることが理解できます。現代社会というものは、将来にわたり普遍的なものではなく、その時々の人々の考えの結果として構成される移ろい易い砂上の楼閣のようなものです。それに迎合していては、本質を見誤ってしまうと思います。


大切なことは、現代社会の誘惑に駆られることなく、自分の夢を語りながら、その実現に向け社会との距離を保ち、一歩ずつ行動することだと思います。外側に自分が求めるものがあるのではなく、自分の内側にあるそれを見出して行くことでしょう。これからの情報社会の中で生きるということは、捉われのない強い素の自分を見出してそれを実現することです。


今日もありがとうございます!
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