誰にも聞けない経営戦略!

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財務の棟梁?!

みなさん、こんにちは!
「誰にも聞けない財務戦略」へようこそ。
今日は「財務の棟梁」ならぬ、私の30年間の財務経験を振り返ってみたいと思います。


何で財務の道に入ったかと申しますと、本当は学生時代に心理学科に通っていたせいか、事業に対する関心は強かったのですが、商学や経営学に全く触れた事なく、財務諸表や簿記なんて触ったこともなく、全くの素人で嫌悪感すら感じていた位なんです。


ところが、バブル経済真っ盛りの頃に、就職したい業界があり拘り過ぎてしまったのですが望みかなえられず、それでは苦手意識を持った金融機関でお金の面から事業を勉強してやろう、ということで地域金融機関に入社しました。


駆け出しの金融機関マンでしたので当然に営業担当なわけですが、見よう見まねではありましたが、融資でお客様の財務諸表を拝見したり、アパートやマンションの事業計画を持っての融資営業は楽しかった思い出です。


融資活動だけでは飽き足らず、実際に不動産開発に携わってみたいと考えだし、たまたま中途採用をしていた某大手流通グループのデベロッパーへ目出たく転職。不動産開発のみならず、グループの事業インキュベーション機能として映画製作まで手掛けていました。


当初、某私鉄沿線の駅前商業施設開発を担当することになり、テナントである百貨店、専門店、ホテル事業者、そして地主と商業施設の賃貸借条件を調整しながら事業計画を組み立てたり、政府系金融機関からの資金調達に奔走したりと、正直、楽しかったですね。


と、言うのも束の間。バブル経済が崩壊し、負債総額1兆3千億円、200もの事業を抱える企業の再建で、グループ各社の経営陣、弁護団からなる再建チームの実務担当者となり、事業分析、再建計画の立案、計画に基づく事業流動化に7年間携わることになりました。


この時に学んだのが、事業とは無数の法律の塊りであり、事業を作るよりも、各法律関係を紐解きながら事業を再蘇生し、流動化する方が難しいことです。もう一つは、財務数値と法律関係を関連付けることです。この時の経験が今に活きている者と感じています。


全ての事業の流動化を終え、箱である会社を整理した後に、エクイティの経験を積むべくM&Aアドバイザリー業務に就きます。なるほど、資本コストというものは負債よりもこんなに高いものか、というのが実感です。


その後、大手化学メーカーでEVAやらポートフォリオの理論を活用して、各事業を優劣関係をプロットし、個別事業を分析し、外部企業に不足する事業資源を求めビジネスモデルを少し変え事業価値を高め、結果、会社の時価総額を3億円高めることが出来ました。


その後は、思うところがあり、日本の経済を支える中小企業でM&A、資金調達等の財務業務に携わっています。経営の立場で仕分を切ったり、事業計画書を作成したり等、実務も手掛けてますが、中小企業にとって銀行からの資金調達が大切ですね。


それから、銀行が何も考えずに機械的に代表者は連帯保証をしなければ融資しないと言うスタンスはおかしいと思います。仮に代表者≠株主であったとしても代表者に連帯保証を求めてくる??この場合には、単なる雇われ社長であるにも拘わらず。


会社とは誰のものなんでしょうか。この辺の①中小企業の企業統治に関する議論が少なすぎる。また、②銀行のノンリスクというスタンスについて、銀行の利益の源泉が融資の目利き力であるとするなら、きちんとリスクを持って企業評価しなければいけません。


世の銀行にバンカーと言われる目利きが出来る行員が本当にいないですね。これからの日本を考えると、銀行は合従連衡ばかりしていないで、新たなビジネスモデルを作るべきだと思います。産業特化型の銀行があれば、その産業に対する審査力が高まるのでは。


財務一筋に30年と申し上げましたが、私は財務や経理という部署に所属していたことはありません。その代わり、様々な事業に真剣にどっぷりと携わって来た為、我流ですが事業の目利き力と、財務数値での表現力には自信があります。


某会社に在籍していました時に当時の代取会長から、やっと消防車が戻って来たか。。と言われる所以はここにあります。これからも、財務の燻銀の棟梁を目指して、職人技に磨きを掛けていきたいと考えています。


これからも、宜しくお願いします!


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