誰にも聞けない経営戦略!

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CREATE LIFE!
より良い暮らしを創造しよう!

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暮らしの価値

皆さん、おはようございます!
今日は6月も最後の日、早くも今年の半分が終わってしまいますね。
梅雨空を見上げる庭先の植物を見ながら、
彼らは久しぶりのお湿りでいきいきとして見えるのは気のせいでしょうか。


このブログというのも、書き始めると習慣化するといいますか、
最初は毎日書くネタが見つかるかな。。などと週3日ほどでした。
今では毎日書かないと、何となく落ち着かない。
皆さまには失礼かもしれませんが、公開日記の様な感じになっています。


新聞やニュースを見て世の中の動きを洞察するブログが多いですね。
この半年間を振り返りますと、日本の大手企業は継続的に企業成長するために、M&Aへの取り組んでます。一方、それをしたが為に取り返しのつかない存亡の危機に瀕してしまっている企業までありました。任期に限りある経営者の断絶なのでしょうか、組織の壁を感じたりします。


また、消費動向として確実に商品の機能から、
自分ならではの意味に価値を見い出せる共感を持てるコトに対しては
企業の大小にかかわらず消費者の方から積極的に関わりに行くスタイルが明確になってきています。


一方、働き方改革ではありませんが、企業とそこで働く人の関係性について、
それも人であるはずの企業側はお家を大義名分に働くものに対して個人の意志や人間性を軽んじていると思われる様な無言の圧力的と毎日の痛勤地獄(最近はセクハラにも気を使わなければいけない。。)で、日に日に顔が歪んでいくように見えます。


何れにも共通しているのは、生活者としての人々の暮らしの楽しみを持つ機会が非常に制限されている(経営者であっても)ことと、もう一つはそれを改善しようにも社会と行く仕組みのメカニズムに組み込まれてしまっており、独り奮起したところで硬直した壁から跳ね返されると感じているところだと思います。


経済学や金融論における様々な公式は、
何にもとらわれ制限されることのない自由な市場を前提としています。
市場というのは、市場に参加する個々人の主観的な自由な価値の総和(=最大公約数)として市場価格が決定さるものです。


社会というものも、本来はそうあるもので個々人が自らの価値判断に従って暮らすことにより多様性が生まれ、将来に対して面白おかしい可能性を暮らしの中に実感できるものだと思います。そのせいか、この数ヶ月間、Cafe'が持つ「場」としての機能に着目し、そこで生まれる創造的な産物を考え、世の中が変わって行く為のヒントがあるのではないかと考えています。


大学時代に心理学を学び、それ以来、人々のメンタルと行動の因果関係をえることが癖のようになっていますが、人間は個人の意思があっても集団社会に帰属し集団としての規範を目の前にしますと、これは歴史的な染み付きかもしれませんが自分よりお家を大切に考えたり、島国で農耕民族であることから集団行動を第一義に考えます。


これ自体は高度経済成長下の日本式生産方式で力を発揮し、悪いことではないのですが、気を付けなければならないのは、帰属しているお家や集団の方針が誤った方向に進んでいる場合、互いに同調し共鳴し合う集団心理の中では、誰も疑うことのないまま没落してしまう危険性をも孕んでいることです。


東芝の例を参考にすれば、あれだけの大企業で非常に優秀な科学者をはじめる人材が豊富にいるなかで、個々人としては問題意識は持っていたと思いますが、職務分掌も明確化され、自らが為すべき仕事の分野がはっきりしている為、自らの領域から外れることは治外法権で発言はご法度(相手に失礼。。)という文化があったのではないでしょうか。


経営者においても同様で、更には退任した先輩取締役との昔からの同じ釜の飯を食べてきた連帯感とは想像を絶するもので、現任の取締役はなおのこと自らを経営として引き上げてくれた元取締役が手塩お掛け築き上げてきた事業について、よもや否定的なことは言えない。これが日本の官僚組織の構造だと思います。


私は、結果としてバブル経済下の後処理を長年手掛けて来まして、いつも「際」の自立する立場で企業を客観的かつ大局的に立場にいられましたのでそうはならなかったのですが、もし企業文化、企業集団のど真ん中にいたら、今の自分を維持できたかどうかは分かりません。


それから、多くのM&Aや事業再建とうに携わって来ましたが、いまいま思うことは、相手あっての交渉事ですので最終的には売買価格等の妥当性が周知に問われることになりますが、法律行為で構成される事業を財務と会計を融合した視点、会計としての経済事象解釈を踏まえて企業財務の価値理論を展開できることが身を助けてきたと思います。


それ以前に、そうは言いましても交渉相手も組織の立場を担った人間であることから、その辺の心理描写をしながら落とし所を探って行くところが今の私を支えていることに最近気が付きました。商品や事業の価値とはいいましても、論理の範囲内ではありますが多分に主観による価値の選択行動(=最近は行動経済学というらしいです)によって経済はランダムに動いています。


今は自由にものを考え、行動できる立場に居り恵まれていますが、
どうやったらこの社会をCafe'が醸成する「場」と「コミュニティ」という機能を取り返し、思い思いの時間を楽しむことが出来るようになるか、
明日以降、今年の後半も引き続き考えて行きたいと思います!

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